【後藤宏尚さん略歴】
もともと幼稚園や小学校の時の将来の夢に、お店をやりたいと書いていたくらい小さな頃から何かを作ることに関心を持っていた。 飲食の道に本格的に進んだのは大学生の時。結婚式場が運営しているカフェにバイトで入り、その後正社員に。 この時すでに30歳までには店を持ちたいと具体的な年齢も決めていた。仕事をする傍ら色々な料理を食べ歩いては家で作り直したり、ノートにまとめながらabillへの礎を築いていく。 その後、スペイン人オーナーシェフのスペイン料理店や仕出し弁当屋などの個人店で経験を積み、開業する規模感のイメージを膨らませていった。 いよいよabill開店に向けて物件の契約を進めていた時、契約直前まで行って断られるという苦い思い出も経験。そして2010年6月、下北沢にビストロ酒場abillをオープンさせた。しかし翌年の3.11東日本大震災で、お店も自身の考え方も大きな転機を迎える。幸いなことに地域密着営業だったこともあり、地元の人に助けられたり、奥様(まりなさん)との出会いもあり人の縁に恵まれる。現在は夫婦でabillを営業しながら、ダミアンのプロデュースを行っている。
その一言で、急にうずうずっとした
◆後藤さんは2010年6月に下北沢でビストロ酒場abillを開業されてからDAMIANを始めるまでの8年間で、2店舗目の構想はあったのですか?
なかったです。ただもし10年やれたらお店を広げたいなくらいには考えていました。ただ2店舗目というのは店に立つ人の問題もあるし、そこまで深くは考えたことはなかったですね。
◆ウルクルをどのような経緯で知ったのですか?
共通の知り合いで藤堂さんと知り合いました。生業は不動産屋だけど飲食店をやりたいという人がいる。ただ自分たちは実際現場には立てないし、誰かを雇うにも飲食業自体のノウハウがないからそれを手伝ってくれないかという内容でした。変わった人もいるもんだなと思いましたが、詳しく話を聞きたいと思ってabillで話すことになりました。
カウンター席でママとの会話をお楽しみください
すべての人にチャンスが来るわけではない
◆第一印象はどうでしたでしょうか?
不動産屋さんだなぁと(笑)。しかも藤堂さんは全然しゃべらなかった。みんなが話しているのを聞いていて、正直何を考えているのかわからなくて(笑)。
最初は別の人が店をやるのでそれを僕がプロデュースするという話でした。でも色々あって、結局その人は店を開くことができなかった。そしたら藤堂さんが「後藤さんやりませんか?」と言ってくださった。
その一言で、それまで全く考えていなかったのに急にうずうずっとしたんです。「もしかしたら次のステップに行くために誰かが手を差し伸べてくれているのかな」とか、「また新しいチャレンジができる!」とか、それからはオープンに向けて考えが動いていきました。
元々漠然と10年経ったら何かを起こしたいとは思っていたんです。それは店が広がるのか、改装してリニューアルするのかはわからなかったけれど、店を増やすという選択肢が急に転がり込んできた。
先輩にも相談すると、「それっていいチャンスじゃない?」と言われ、「すべての人にそういうチャンスが来るわけではないし…」と思いましたが、元々他の人の店をプロデュースするという話だったので、その人ともちゃんと話して僕がやらせてもらうことになりました。
◆でも見たことも聞いたこともないビジネスモデルです。
そうですね。でもなんだか直感的に信用できると思ったんです。胡散臭いとは思わなかったですね(笑)。今まで何も思っていなかったことが急にポンって生まれて、もしかしたら本当はやりたかったのかもしれないという思いのほうが強かったですし。
実は8年前にabillをやるとなった時にも周りにすごい反対されました。親友にさえ潰れると言われたんです(笑)。でも「後藤さんやりませんか?」の一言で、30代前半のabillをオープンした時のギラギラした感じに近い感覚が芽生えて、また新しい挑戦ができるんだと思えたんです。
結局人ですかね
◆奥様の反応はどうでしたか?
彼女も最初の話し合いから同席していましたが、改めて二人になった時に話し合いました。彼女はやってから考えようというタイプで、僕は反対に「ちょっと待て、冷静に考えようよ」と留まるタイプなんですが、今回ばかりは、彼女に「やっちゃおうよ」と言われた瞬間に、「そうだよな、これはいいチャンスかもしれない。この橋渡っちゃったほうがいいのかな」と割とすんなり二人の意見が合いました。
◆後藤さんは1店舗目の経験があり、お店の拡大も考えていた。やろうと思えば自分一人でもできたのではないかと思います。ウルクルと組むことの何が魅力的だったのですか?
僕は考えを広げるために、同業者じゃない人の声を聞くようにしています。何かやるときもアパレルだったりITだったりお堅い仕事している人たちの話を参考にしたりします。そういう人たちのちょっとした一言が、「あ、そういう発想か」と割とすんなり入ってくることが多いんですよね。昔からそうでした。
その感覚に近かったかもしれません。もし飲食に特化してプロデュースしている人だったらわからなかったですが、全く勝手の違う不動産屋さんで、でも聞いたら昔飲食をやっていたこともあると。
そして「何が問題なんですか?お金ですか?そんなんでやりたいこともやらないんじゃもったいないじゃないですか」というあのスタンス(笑)。
「楽しいことやりましょうよ。みんながウィンウィンになりましょうよ」という藤堂さんの言葉に乗っかろうと思えたんですよね。それに藤堂さんと政岡さんのバランスもよかったんだと思います(笑)。あ、この人たちとならなんか楽しいことできそうだし、いい関係が築けそうだと思いました。結局人ですかね。
◆実際にやることになり、計画が進んでいく中で困ったことはありますか?
まずお店を作るとなった時は、いつだってお金がいっぱいあるわけではないので、物件を契約するのと同時進行で借り入れを進めます。融資が下りるかどうかわからないけれど、ギリギリまで事を進めます。そのタイミングにうまく合わせてなんとかお金を払い込んで、職人さんたちに店を作ってもらうという結構ヒヤヒヤするものなんですけど、今回に関しては藤堂さんたちの力もあってそういった不安とかはあまりなかったですね。店を作るのが2回目というのもあったかもしれません。ただ真夏だったので現場の作業は大変でした(笑)。
僕のこだわりで、店づくりでできることは絶対自分でやりたいんです。ガス管とかはさすがにプロに任せますが、自分たちがやることによって、愛着も沸くし思い入れが強くなると思うんです。自分の店だ!という気持ちを持ってほしいからとにかくみんなでやるよと。職人さんたちは邪魔そうでしたが(笑)。
人に全てを任せて時々見に来て、「あ、こんなにできたんだすごい!」って、それでもお店はできるんですけどね。
時間はかかりましたけど、終わった時にみんなも僕の言ってた意味をわかってくれて。
◆abillを営業しながらだから大変だったのではないですか?
睡眠不足で毎日2~3時間しか寝てませんでしたけど、ずっとトランス状態でした(笑)。
オーガニック赤ワインとチーズテリーヌ
ワインももっと気軽に居酒屋感覚で
◆ワインスナックというコンセプトやイメージはお店を作る前からあったのですか?
実はオーガニックワインをabillで取り扱い始めたのは4年前のことです。妻がお店に加わった当時、一緒に働いていたアルバイトの女性が自然派ワインに知識のある人でした。3人でやっていく中で、添加物の入っていない体にいいワインを気さくに飲めるようにしたいねとなった。
田舎の酒蔵で日本酒を分けてもらってガブガブ飲むとか、居酒屋でおっちゃんたちと肩並べて飲むとか、それと同じようにワインももっと気軽に居酒屋感覚で飲めたらいいよねとよく話していたんです。
この話が来た時に、コンセプトはまずそこだなと。若い子も老人も男女も日本人も外国人も関係なく、みんながワインをわいわい気軽に楽しく安く飲める場所を作りたいなと思いました。フードも日持ちするもので、量も置かないようにして、なるべくロスを出さないようシンプルにしました。
内装は信頼しているデザイナーさんがいたので、自分たちの世界観を伝えて、事前にイメージしていた通りのものが限りなく近い形で実現しました。
abillの人気メニュー『オニオングラタン』も食べられる
不可能だと思っていた人が現れた
◆お店のコンセプトや内装はそれで固まったわけですが、お店に立つ人はどのように選ばれたのですか?
今回は本当にタイミングがぴったり合うことが色々あって、現実的に不可能だと思っていた人が、絶妙なタイミングで目の前に現れたんです。それが今のママです。
僕はこれまで言葉にしたことが実際に起こるということが度々ありました。「あの人最近見ないけどどうしているかな?」と言うとその人が現れたり、「スペイン料理を出しているからスペインワインを仕入れたいな」と言っていたら飛び込みでスペインワインの営業が来たりとか。
それで妻とママのことを話していたら、ある日僕たちの目の前に現れてお店に立ってみたいと。もうその瞬間、妻と目を見開いてハイタッチしました(笑)。
◆不思議なご縁ですね。店に立つ人も決まって、オープンして4か月経ちました。どんな印象をお持ちですか?
まず開けた時期はよかったなと思います。1月や2月は飲食業はきつくて、下北沢でも勝ち組と言われているお店でも例外ではありません。夏の施工はきつかったですが、9月に開けて、冬になる前にお客さんに知ってもらえたのはラッキーだったなと思います。
売上については少しずつ伸びてきています。abillの時はオープニングバブルがあって、その成功体験をダミアンに求めようとした自分もいましたが、ママの立場に立ってできることを考えて、ママの持つ力を最大限に発揮していけるようにサポートできればと思っています。
◆ウルクルに期待することはなんですか?
ウルクルさん側の人脈で集客をしていただけると嬉しいですね。渋谷と下北沢とは距離的なこともあって、送客が難しい部分もあるとは思いますが。
2店舗目を下北でやったメリットは、目が届くということが一番大きいです。ここで8年やってきて人のつながりもありますし。それからダミアンのすぐ先に4階建ての飲食店ビルが9月か10月に建つ予定なんです。それができるとお客さんの動線が変わってこの辺りが一大飲み屋街になるので、早くその映像が見たいですね。下北といえばあそこという流れができるかもしれません。
◆その飲食店ビルの話は物件探しの段階で知っていたのですか?
ちょうど契約するタイミングでその構想は聞いていました。だから絶対この場所でやりたいと思ったんです。
オーストラリア産の自然派白ワイン『ROSNAY(ロズネイ)』
ここからだぞ後藤!
◆本当に色々タイミングが合ってきていますね。ダミアンをオープンして、料理を作る側から店舗や人をプロデュースやマネジメントする立場になりました。何か気持ちの変化はありますか?
(まりなさん)
元々後藤は物事を俯瞰して見る人だと思っていました。ただ結婚する前から、まだまだやれるはずなのにその力が出切っていないなとは感じていましたし、それを本人とも話し合ったこともあります。それをダミアンをご縁でご一緒させていただいて、『これこれ!』と思って、後藤が自分の力を発揮できる空間の第一歩ができ始めたという感覚があって、『ここからだぞ後藤!』という印象があります。
イタリアの牛乳チーズ『テストゥン アル バローロ』
多分僕も変わったんでしょうね(笑)
◆後藤さん自身は、奥様の言われるような自分の力を出し切っていなかったという感覚はありましたか?
自分ではよくわからないですが、例えばこれまでホール業務はホールの人に任せっきりになっていて、ある時ホールの人がいなくなって、僕が積極的にお客さんと話すようになったら、お客さんの反応も変わりました。本当に僕たちやお店を好いて来てくれるようになったと感じます。オープン当時からのお客さんには、「いつも背中向けて料理作ってて、全然愛想がなくて…」とか、「後藤さんて、しゃべる人だったんだ」とか言われたりして(笑)。でもお客さんの会話は背中で全部聞いているんです。その時は返事はしなかったけど(笑)。
お客さんとの接し方や付き合い方が変わって雰囲気が変わったというか、ダミアンをやってなおさらそれが出てきている気はしてますね。元々abillには来ていなかった同業者がダミアンに来てくれたりして、僕が夜中に行くとみんなと会えるとか(笑)。そこでまた話が弾んだりして。そう考えると多分僕も変わったんでしょうね(笑)。
それから今まで全くなかったわけじゃないけど、より鮮明に絵が描けるようになってきた気もします。やりたいことを一人で悶々と考えているのではなく、人にこういうふうにやっていきたいと具体的に伝えられるくらい鮮明になってきたように思います。
◆自分の思っていることがちゃんと説明できるというのは簡単なようで難しいですよね。ところで2店舗目をオープンしたばかりですが、今後何か野望はあるのでしょうか?
よく弟子を作らないの?と言われたりしますが、abillと同じものを作りたいとは思いません。例えば次に声掛ける人が中華をやってきた人なら、そのポテンシャルを全面的に発揮できるような環境を用意したいと思います。
◆人をどうプロデュースするかという発想ですか。飲食店だったら、これまではどんな料理を出すのか、どんなお店なのかという視点だったと思いますが、お店に立つ人をどう活かすかという視点は新しく、そして難しいテーマでもあると思います。
僕は初めて自分で頑張っているなと思えたのがabillだった。雇われていた時は、シェフの味を忠実に再現することを求められたので、当然僕そのものが出ることはありません。それは当たり前ですよね。でもabillで自分が好きにやれて、頑張れば頑張るだけ良くも悪くも結果が出た。だからダミアンでは、ママがのびのびやれて、ママという人そのものが全部出るような環境が作れたらと思うんです。そのほうが何より働いていて楽しいと思いますし。今一番生きている実感あるなとか(笑)。
ママは『敵を作らない』という能力に長けた人なんです。それが八方美人に捉えられることもあるけど、本当に優しくて人の気持ちになれる。まさにスナックのママです。資質は十分にあるけど、僕らがまだそれを活かしきれていない。だからこの仕事が楽しいなと思ってもらえるように、ママが覚醒するような環境づくりを一緒になって色々やっていきたいと思います。
でも最近それが少しずつ形になってきていて、夜中に来てくれる人は全部ママについてますし、僕が夜中に行くと知らない人がたくさんいるんです(笑)。ポテンシャルはすごいですね。
◆最後に共同経営という形をどう捉えますか?
藤堂さんは自分の意見をガンガン言うわけではなく、「どういう携わり方をしたいですか?」と僕らに決定権を委ねてくれました。
(まりなさん)
信頼関係がなかったら難しいですよね。藤堂さんじゃなかったら怖くてできなかったと思います。
正直共同経営に対しては、周りの反応もあまりよくなかった。成功例があればきっと追従すると思うんですが、これうまく言えないんですけど、直感でしかないんです。
(まりなさん)
周りの同業者に、実はこうなんだよと知ったとしたら変わる気がしますね。
僕はちょうどいいんじゃないんですか?そんなに無駄にギラギラしすぎないし(笑)。全部イニシアチブ握りたい人だと難しいと思いますが。うまく言えないですけどほんと直感的な信頼です。
(まりなさん)
ある程度年食ってるからかもしれないけど(笑)。
住所:東京都世田谷区北沢2-12-2
電話:03-6805-2775
営業時間:20:00 ~ 28:00 火曜定休
HP:http://www.damian.tokyo/
Instagram:https://www.instagram.com/damian_shimokitazawa/
Facebook:https://www.facebook.com/winesnack/
-
【SUZURO×JOYN×ULUCUL対談】
【ニッチローさん略歴】
飲食系の企業に勤めていた際、顧客からイチロー選手に似ていると指摘されたことをキッカケにイチロー選手のモノマネをするパフォーマンス活動を開始。
モノマネ芸人、お笑い芸人、プロ焼肉選手、カレー伝導師、他方面でマルチに活躍中。
【株式会社JOYN DAMIANオーナー 後藤宏尚さんの記事はこちら】 -
今回はチャンスだと思った【Bistro Coucouオーナー 高橋益行さん】
【高橋益行さん略歴】
20代前半まで職を転々とするが、ふとしたことから飲食業界へ。和をベースとした創作料理と人懐っこいキャラクターで、おいしい料理はもちろんのこと話せるビストロ、クークーを2020年7月にオープン。お店はカウンター席のみのBARのような雰囲気で一人で来られるお客様も多い。高橋さんとの距離も近いため、お客様の体調や気分に合わせた料理を作ってくれるパーソナル食堂のようなスタイルで営業している。